2008年12月13日
白黒猫 -みずがめ市場のカーニバル-

今日のホーリー郡は雨の多い季節が終わり、本格的に暑くなり始めたそんな日です。
山猫のスチュワートさんは朝から大忙しです。
スチュワートさんはみずがめ市場のお肉屋さんです。でも、売っているのはお肉だけではなく、スチュワートさんの作るコロッケは大評判。
午前中の間に昨日に仕込んだコロッケは全部売れてしまい、午前中に仕込んだコロッケは午後に全部売れてしまうと言った具合です。
スチュワートさんまだお店を開ける前から仕込みを初めて、開店と同時にお客さんの列が始まるくらいですから、本当に大忙しです。
スチュワートさんのお店は、奥さんのメアリーさんと3人の娘が手伝っています。
娘の名前はアンナ、ローザ、エルザといいます。3人ともとっても働き者で、それにとてもかわいかったので、市場の人気者でした。
コロッケには極上の挽肉と沢山のタマネギと、もっと沢山のジャガイモが使われていました。
大きなボールに沢山のふかしたジャガイモと炒めたタマネギ、挽肉を合わせて、こねていきます。味付けは塩とこしょうと隠し味にラードを入れています。
ボールから取り出して小判型に丸く同じ大きさにしていくお仕事は長女のアンナです。
丸めたコロッケに粉を振って卵をつけます。これは次女のローザのお仕事です。
続いて、ふかふかのパン粉の衣をつけて丁寧に箱に並べるお仕事が三女のエルザのお仕事です。
3人は手際よく自分の仕事をこなしていきます。
もうすぐ開店時間の10時になります。なんとか午後に売る分のコロッケのもとが完成しました。
「さぁ、少し休憩したらお店を開けるよ。3人ともよく頑張ったね。」
スチュワートさんは3人の娘に言いました。
お店の奥から奥さんのメアリーさんがそれぞれのマグカップに入ったコーヒーを5杯もって来ました。
メアリーさんは奥で午後の支度分のジャガイモを沢山ふかしている最中です。
「さあ、今日もがんばるわよ。」
メアリーさんは元気いっぱいです。
コーヒーを飲みながらスチュワートさんはコロッケを揚げる油の温度を測りました。
温度計は180度になっています。
「よし。じゃあみんな、お店を開けるよ」
「はぁ~い」
娘たちは元気に返事をすると、表の扉を開けに行きます。
今日も良いお天気で、また午前中なのにふわっと熱い風が舞い上がります。
『いらっしゃいませ~』
娘たち3人は声をそろえて開店のご挨拶です。
「おはよう。ローザ。コロッケ2つちょうだい。」
一番乗りのお客さんは白黒猫のビリーでした。
「おはよう、ビリー君。おとうさん、ビリー君よ。コロッケ2つお願いしま~す。」
「はいよ。コロッケ2つ。」
スチュワートさんは、コロッケの生地を揚げ油に入れました。
コロッケは小さくジュっと音をならして油に沈みました。
「やあ、ビリー。今日のお昼はコロッケにしてくれたのかい?」
と、エプロンで手を拭きながらスチュワートさん。
「うん、今朝は早くからジェスとびっくり湖で釣りをしていたんだ。それで弁当を用意してなかったんだ。」
ビリーは釣り竿とバケツを指さしながら言いました。
「それで、このマス、おみやげに持ってきたんだ。よかったら食べてよ。」
それはビリーが腕を広げたくらいもある大きなニジマスでした。
「わぁ、すごいのね。ビリー君」「すごいわねぇ」「うん、すごいねぇ」
娘たち3人も大喜びです。
「ありがとう。じゃぁ、コロッケは私からのお返しにしておくよ。」
「ありがとう。スチュワートさん。」
言っている間にコロッケは揚げ油の上に浮いてきて、パチパチとかジュとかにぎやかに音を鳴らして、薄茶色になってきています。
スチュワートさんは手早く網でコロッケをすくうと、油切りの網の上にコロッケを置くとパセリの粉を軽く掛けました。
「さぁ、揚がったよ。」
「はぁ~い。」
エルザがコロッケを包む木の皮で包むとビリーのところへ持って行きます。
「はい、ビリー君」
「ありがとうエルザ。」
「ビリー君、今日の夜は?」
「うん、お店が終わったらびっくり湖の方へ出かけるよ。」
「そう。私たちもびっくり湖へ行くわ。一緒に行こうよ。」
「じゃあ迎えに来るよ。」
ふと見ると、ビリーの後ろにはもう5人もお客さんが並んでいました。
「さぁ、今日も忙しくなるよ。じゃあね、ビリー。」
ぱんぱんと手を叩きながらメアリーさんが言いました。
エルザが小さく舌を出しながらお店の奥に引っ込み、ビリーは挨拶をすると自分のお店に向かいました。
お昼頃になる少し前、午前中に売る分のコロッケがなくなってしまいました。
スチュワートさんはメアリーさんに合図をすると、メアリーさんは並んでいる最後のお客さんのところに行って、次から並ぼうとするお客さんに言うのでした。
「売り切れなのよ。ごめんなさいね。お昼からこの券を持ってきてくれたら順番を飛ばして先にお渡ししますから勘弁してね。」
コロッケはスチュワートさんが揚げて、お肉を売るのはメアリーさんの仕事なのですが、メアリーさんが外に行っているときは三人娘の仕事です。
「こんにちは。ロース300グラムですね?少々お待ちくださいませ~」
冷蔵庫から取り出したお肉を大きな包丁で切り分けます。
秤に乗せて300グラムを少し超えてもそれはおまけ。
木の皮でくるんで、お客さんに渡します。
三人は声をそろえて、
『ありがとうございましたぁ~』
「さあ、一段落したらお昼にしようか?」
スチュワートさんがお昼休みの札をお店に出すと、今朝ビリーが持ってきた大きなマスをムニエルにしてランチタイムです。
「ビリー君すごいねぇ。こんな大きなお魚どうやって釣るんだろう?」
エルザはしきりに感心しています。
「あら、お父さんだって大きなお魚、釣ってくることあるじゃない。」
アンナが言いました。
「でもこんなに大きいの釣ってきたことあるかしら?」
ローザが言いました。
それを聞いていたメアリーさんが言いました。
「ビリーは毛針屋さん。お父さんはお肉屋さん。それぞれに得意なことがあるのよ。」
スチュワートさんは、お肉を切る大きな包丁を砥石で研ぎながら家族の話を楽しそうに聞いていました。
夕方少し前になるとまたスチュワートさんのお店は忙しくなります。
夕飯の支度に、お店の仕入れに、とコロッケやお肉が飛ぶような勢いで売れていきます。
それに今日は特別な日です。
みずがめ市場のカーニバルの日なのです。
今日だけは夜になると閉まってしまうお店も、遅くまでお店を開けてお客さんをお迎えします。
みんなが今夜一番楽しみにしているのは花火です。
大きな花火をびっくり湖近くで打ち上げるのです。
スチュワートさんのお店は夕方でお肉は終わりにして、お昼から仕込んだコロッケだけを売り始めます。お客さんはコロッケを持ってびっくり湖へ向かい花火見物をするのです。 ジェスのレストランバーではお店の前にテーブルを持ち出し、ジュースや果物を売っています。
みずがめ市場のお店はそれぞれに工夫してお客さんを楽しませます。
果物屋のシンプソンおばさんはジュースを金物屋のトマソンさんはキラキラ光るおもちゃを売っています。
この日だけは子供も大人も夜遅くまで楽しく過ごすのです。
ドーン!
一発目の花火が揚がったようです。
ざわめくような歓声が市場に広がります。
「こんばんは。」
仕事を終えたビリーがエルザたちを花火に誘いに来ました。
「やあ、ビリー。娘たちを迎えに来てくれたのかい?」
「ビリー君?早く行こうよ。」「行こう」「行こう」
三人は飛び出してきました。
「ビリー、これを持って行きな。」
スチュワートさんが木の皮にくるんだコロッケを4つ持たせてくれました。
「ありがとう、スチュワートさん。」
みずがめ市場は沢山の人たちでいっぱいです。
子供たちは手に手に色とりどりの風船を持っています。
沢山の人たちが、びっくり湖へ続く道を歩いています。
ビリーがエルザたち3人とびっくり湖近くの小高い丘へ登っていくとそこには沢山の人たちが花火を見物していました。
ヒュルルルル・・・ドーン!!
「わぁ、すごいねぇ!」
花火の光に照らされたみんなの顔はは花火に負けないくらいの笑顔でした。
お昼間の暑さが和らいで涼しい風が丘をながれてゆきます。
みずがめ市場では本当に暑くなったこの時期にカーニバルを開きます。
そして楽しい夜は夜更けまで続くのでした。
2008年12月06日
白黒猫 -雨の日には-

今日は朝から雨が降っています。クネクネ川も水かさが増しています。
クネクネ川はビリーの家のあるカラス岳の上の方に湧き出して少しずつ大きくなって、ビリーの家の後ろを通りクネクネと曲がりながらビリーが毛針を売っている、ホーリー町のみずがめ市場の中を通って最後はびっくり湖へ注ぎ込みます。
この辺りはホーリー郡と呼ばれていて気候の穏やかなところですが、この頃の季節は少し雨の多い季節です。
でも、この雨がなければびっくり湖の湖畔に広がる田んぼや畑の穀物や野菜が勢いよく育たないので、大変必要なことでした。
ビリーは雨が降ると赤いレインコートを着て市場へ出かけます。
トマソンさんのお店の軒下では少し雨にかかってしまうので、お店のテントの下に少し場所を作ってもらって毛針屋さんを開きます。
雨の中でも市場は相変わらずにぎやかで、色とりどりの雨傘がまるでパレードの時の風船のように見えると、ビリーは思いながら、うつらうつらと夢の世界に入りそうになっていました。
「ビリー。毛針を見せてくれないか?」
緑のレインコートを着たツキノワグマのランディーさんがトマソンさんの金物屋に入ってきました。
「やあ、ランディー。うちの店には用事がないのかね?シャベルやクワも用意してあるよ。」
お店の奥の方からトマソンさんがパイプをくゆらせながら声をかけます。
「いや、まだこの前買い換えたばっかりだから大丈夫だよ。」
ランディーさんは熊らしく笑いながら明るく答えました。
「ランディーさん、こんにちは。はいどうぞ。今日はこれから釣りですか?」
ビリーは毛針が入った箱をランディーに手渡しました。
「そうなんだ。びっくり湖で使うのに欲しいんだけどね。どれがおすすめだい?」
ランディーさんは一通りの毛針を見てからビリーに言いました。
「これなんか、どうですか?小魚の形を真似た毛針で、少し大きいから、大きなマスを釣るには良いと思いますよ。」
ビリーがすすめた毛針はキラキラとした毛がたくさん生えていて、水に濡れると本物の小魚のように見える毛針でした。
「なるほど、そうだな。よし、これと、あと2つ、これをもらおう。」
ビリーから毛針を受け取ると、ランディーさんは緑のレインコートを揺らして帰って行きました。
雨の日はお客さんがあまり多くありません。そんなときは、早めに切り上げて、ビリーも釣りに行くことにします。
せっかくなので、ビリーはランディーさんと一緒にびっくり湖で大物を追いかけようと決めました。
トマソンさんに挨拶をすると、金物屋の隅っこに預けてある釣り竿を取り出して、荷物をまとめたらすぐにびっくり湖へ続く道を駆け出しました。
市場のはずれで大きな緑色の背中に追いつきました。
「ランディーさん」
ビリーが後ろから声をかけると大きな背中はふり向きました。
「やあ、どうしたんだい?何か忘れ物でもしたかな?」
「いいえ、そうじゃないんです。今日は雨でお客も少ないから、僕もびっくり湖で釣ろうかと思って追いかけてきたんです。」
ランディーさんはにっこりと笑い言いました。
「そうかい、じゃあ一緒に大物を釣りに行こう。」
ランディーさんはビリーに歩く速さを合わせてくれました。
市場を抜けてちらほらと家や畑が続く道をびっくり湖へ歩いていくと、いつの間にか雨が止んでいました。
夕方と言うには少し早い時間ですが、ちょうど魚たちもおなかをすかせる時間に、びっくり湖につきました。
二人は早速毛針を準備して、岸辺に向かいました。
そして夢中で釣り竿を振りました。
少しすると、静かなびっくり湖の水面にばしゃりと大きな魚が跳ね上がりました。
ランディーさんの竿がぐんと大きく曲がっています。
「よし」
ランディーさんは右に左に竿を振りつつ糸をたぐり寄せます。
そしてついに足下まで寄せると大きな手で魚を捕まえました。
「大物のニジマスだ。」うれしそうに言いました。
ビリーもランディーさんのニジマスよりは小さかったけれど、大きなニジマスを釣り上げました。
ランディーさんはさらにもう一匹のニジマスを釣り上げて満足そうに笑いました。
ビリーはマスを食べないので、ランディーさんにマスをあげることにしました。
「ありがとう、ビリー。お礼に私の畑の野菜を持って帰るといい。」
びっくり湖の岸辺から少し丘を上がったところにランディーさんの家があり、その隣が大きな畑になっていました。
畑にはトマトやなすび、キュウリなどの野菜から、ジャガイモまで沢山の野菜がなっていました。
「ありがとう。ランディーさん」
ビリーはトマトとなすびを2つずつ、そしてジャガイモを3個もらいました。そしてランディーさんと別れると急いで市場へ向かいました。
市場へ着くともう辺りは暗く半分以上のお店は閉まっていました。
ビリーはしまりかけているスチュワートさんのお肉屋さんで挽肉を買うことが出来ました。
トマソンさんの金物屋さんはとっくにしまっていたので、ジェスのレストランバーへ行きました。
「やあ、ジェス。こんばんは。」
ジェスはカウンターの内側でグラスを磨いていました。
「ビリー、今帰りかい?どうだった?釣れたかい?今、トマソンさんからびっくり湖へ釣りに行った話を聞いていたんだ。」
カウンターのいつもの席に座っていたトマソンさんは、マティーニのグラスを軽くあげながらビリーにウインクをしました。
「うん、短い時間だったけど、ニジマスのこんなに大きいのを1匹釣ったよ。ランディーさんはもっと大きいのを2匹。」
「へぇー、僕も行きたかったなぁ。」
ジェスも釣りが大好きなので目を光らせながら言いました。
「今度一緒に行こうよ。夕方もいいけど、明け方からもなかなか良い感じだと思うよ。」
「そうだな。朝なら、僕も時間があるからね」
「それで、悪いんだけど、釣り竿、預かってくれない?」
「ああ、いいよ。そこの物置に僕のも入ってるから、一緒にしておくといいよ。」
「ありがとう。」
釣り竿を預けて、ジェスと釣りの約束をすると、ビリーはカラス岳の家に帰りました。
空は雲でお月様は見えません。ビリーは暗くてもよく見える目を持っていたので、道を間違うことはなく家に帰り着きました。
「今日は遅くなってしまったなぁ」
ビリーは急いでオーブンに火をつけると、トマトとなすびと挽肉でグラタンを作り始めました。
まず挽肉をオリーブオイルで炒めると、トマトをつぶして入れました。
お皿になすびを薄く切って並べると鍋からトマトと挽肉を流し込み、たっぷりのチーズをふりかけて、オーブンに入れました。
窓の外を見るとまた雨が降り始めていました。
「明日も雨かなぁ・・・」
ビリーは焼き上がったグラタンが冷めるまでベットに横になりながら、窓の外を眺めていました。
今の季節、ホーリー郡は本当に暑くなる少し前、たくさんの雨を降らします。
そのおかげで、野菜たちは美味しく育つのです。
2008年11月29日
白黒猫 -ジェスのレストランバー-

ジェスは茶色い毛並みの犬です。クビの周りだけ白い毛皮がマフラーのように巻いています。
ジェスは市場のはずれに小さなレストランを開いています。
メニューはそんなに多くはないのですが、どれも美味しいものばかりで、大変人気がありました。
レストランを開くのは夕方からで、お昼はお休みです。
午前中、時間のあるときはクネクネ川へいってマスを釣るのがジェスの楽しみ。釣れたマスはお店で料理されてみんなのお腹に消えていきます。
ジェスの作るマスのムニエルは大変人気がありました。ソースにクリームをたっぷり使い、ヤギのトマソンさん特製のブルーチーズが隠し味で入っているのがポイントです。
またクネクネ川の川っ縁には沢山のハーブが生えていますから、釣りに行ったときにカゴ一杯に摘んでくると、それで2日分のハーブは十分なのでした。
ジェスは何種類かのお酒やジュースを混ぜてカクテルを作るのも上手です。お客さんはジェスのマス料理に舌鼓をうちながらカクテルを飲んで気持ちの良い夜を過ごすのでした。
「やぁジェス、もう店は開いてるのかい?」
ジェスが今夜のオススメメニューの看板を店の前に出しているところにやってきたのは金物屋でアリクイのトマソンさん。
「こんばんは、トマソンさん。今あけるところですよ。」
ジェスのお店は少し薄暗く、所々にランプが下げてあり、6人くらいがゆったりと座れるようなカウンターの席があり、4人掛けのテーブル席が2つありました。
「さあどうぞ。」
「おじゃまするよ。」
トマソンさんは大きな体を揺すってお店に入りました。
カウンターのいつもの席に座ると
「いつものヤツですか?」
カウンターの内側に入ったジェスが注文を聞きます。
「ああ、頼むよ」
ジェスはシェイカーを取り出すと、氷を詰めてから水を入れました。
そしてジンのボトルとベルモットのボトルを取り出したら、シェイカーの水を丁寧に捨てて、ジン、ベルモットと注ぎ、シェイカーに蓋をすると、手際よくシェイクします。
良く冷やしたロックグラスにシェイカーから中身を注ぎ、蓋を開けて数個の氷もグラスに入れ最後にピックに刺したオリーブを沈めて完成です。
「どうぞ。マティーニオールドスタイルです。」
トマソンさんは一口すすると、頷きながら言いました。
「やっぱり仕事の後の一杯目はこれにかぎるよ。」
「今日はマスがないのでウズラと鶏肉の良いのを仕入れてあります。でもトマソンさんにはこれですね。」
小皿に山盛りになった黒い小さなものをトマソンさんの前に出しました。
「そうそう、私はこの黒アリの香味揚げが一番の大好物だよ。」
そう言うとトマソンさんは長い舌で黒アリの香味揚げを口に運びました。
「こんばんは」
入口で声がすると、入ってきたのは白黒ネコのビリーでした。
「やあ、ビリー珍しいね。どこでも好きなとこに座ってよ。」
ビリーはトマソンさんの一つ隣の席に座り赤いリュックを反対側のイスに置きました。
「今朝はピーターと色々あったみたいだから、様子を見に来たんだよ。」
ビリーはちょっと背の高いイスに腰を落ち着けながら言いました。
「まぁね。昨日からしっかり下準備をしてあったんだからね。しかたないさ。ビリー、何か飲むかい?一杯おごるよ。」
「ありがとう。じゃあモスコミュールをもらって良いかい。」
ジェスは頷くと、手際よく冷えた銅製のマグカップに砕いた氷を入れるとウォッカを注ぎ入れました。そしてライムを4つに切ってその内の1つをカップに搾り入れ、最後にジンジャービアーを注ぎ入れました。銅のマグカップは外側に霜がついていて見るからによく冷えて美味しそうです。
「モスコミュールをどうぞ。」
「ありがとう。今日は色々あったから毛針が余っちゃってて、良かったら、これ使ってよ、ジェス。」
小箱に入れた6本の毛針をジェスに渡しました。
「そんなの気にしなくても良いのに。逆に商売の邪魔しちゃって悪かったね。」
トマソンさんがマティーニを一口飲んでから言いました。
「しかし、ピーターの悪知恵には本当に困ったもんだなぁ。」
「そんなことないさ。僕がどうやっても勝とうと思って、ビリーの毛針を買い占めちゃた時に、もう負けてたってことだよ。」
ジェスはグラスを磨きながら言いました。
「ま、そう言うことさ」
入口の方で声がすると、入ってきたのはピーターでした。
「ピーター!」
ビリーはちょっとビックリしました。
ピーターはニヤリと笑ってビリーの後ろを通り過ぎ、カウンターの入口まで行くと手に持っていたバケツをジェスに渡しました。
「バケツを返しに来たよ。」
そしてすぐに帰って行きました。
「なんだ、ピーターのやつ。何か他に言うことはないのかい。」
トマソンさんはマティーニをグッと一口飲んでから言いました。
「いえ、トマソンさん。ほら」
ジェスが見せたのは木の皮でくるんだ、小振りな牛肉でした。
「ピーターの帰してきたバケツの中に入ってましたよ。お釣りってことですかね。」
言ってジェスはくすくす笑いました。
ビリーもなんだか可笑しくなってくすくすと笑いました。
「ビリー、せっかくだから、こいつを香草ステーキにして半分こしようか?」
「うんそうしよう。」
薄暗いジェスのレストランバーが少し明るくなった感じがしました。
トマソンさんだけが何とも言えない顔をして、ひとこと言いました。
「ジェス、おかわり」
2008年11月22日
白黒猫−ビリーの毛針屋さん−

今日も市場は大変にぎやかです。
まるで迷路のような細い通路の両側にお店がたくさん出ています。
白黒猫はいつも通り、果物屋さんのと金物屋さんの間、ミルク屋さんの向かいの壁に小さな敷物を敷いて、小さな毛針屋さんを開きます。
「やあ、ビリー」「おはようビリー」
果物屋さんのウサギのおばさんや、金物屋さんのアリクイのおじさんが挨拶をします。
ビリーというのが白黒猫の名前です。
「おはよう、トマソンさん。おはよう、シンプソンさん。」
金物屋の背の高いアリクイがトマソンさんで、果物屋さんの太ったウサギがシンプソンさん。
白黒猫のビリーは金物屋さんのおうちの軒下を借りてお店を出しているのでした。
お店と言っても壁に「ビリーの毛針」と書いてあるだけです。
今の季節は冬と春の丁度中間くらいで、寒い日は寒いし、ぽかぽかする日はぽかぽかしていましたから、川のマスたちもよく食べる日もあれば、川底でじっとしているときもあるそんな季節です。まだ、ビリーの毛針が飛ぶように売れる時期ではないのです。
「今日は何本用意してきたんだい?」
トマソンさんが長い鼻をぶらぶらさせてビリーに聞きます。
「今日は18本用意してきたんだ。」
ビリーの家の前の池に住んでるマスの姉妹が、18本の毛針を美味しそうだと言ったから、今日売る毛針は18本。
でも、トマソンさんや、その他のビリーの毛針を買ってくれる人たちは、そんな話を知りません。いつも売りに来る本数がバラバラなので、欲しくても買えないお客さんがたまに出ます。
そんなとき、ビリーは次の日の美味しそうな毛針の予約をその人のためにとっておくのでした。
お昼前に、山猫のスチュワートさんとツキノワグマのランディーさんが2本ずつ毛針を買ってくれました。今日はお客さんが少ないようです。
お日様が真上から差してくる頃になると、ビリーもお腹がすいてきたので、赤いリュックサックからアップルパイとチーズ、それにミルクを取りだしました。
「もうお昼ご飯かい?」
それを見ていた、おむかいのミルク屋さんの年老いたヤギがビリーに声を掛けました。
「うん、お腹がすいたんで、ちょっと早いけどね。トーマスさん」
ヤギのトーマスさんは目を細めて言いました。
「美味しいオレンジ風味のクリームチーズがあるんだが、そのアップルパイと交換しないかい?」
ビリーは昨日の夕ご飯もアップルパイだったので、喜んで交換してもらうことにしました。
クラッカーに乗せたクリームチーズは本当に美味しくて、ビリーは幸せになりました。
お昼ご飯を全部食べるとお腹一杯で今度は眠くなってきました。
ビリーは壁にもたれて目を閉じると、本当にお日様が気持ちよくて、フワフワしてきました。
「ビリー。起きろよ。」
本当に今、夢の中に入っていこうとしていたビリーを起こしたのは、ジェスでした。
ジェスは茶色い毛並みの犬です。
「なんだ、ジェスか?なんのよう?」
ビリーはまだ眠そうです。
「それはないだろう?せっかく毛針を買いにきてやったのに。」
ジェスもビリーの毛針を使っている釣り人です。
「ああ、ありがとう。ふわぁ〜。」
ビリーはあくびをしつつ、箱のふたを開けてジェスに見せます。
箱の中には14本の毛針が並んでいます。
「よし、全部おくれ。」
ビリーはびっくりしました。
「ちょっと待ってよ、まだお客さんが来るかもしれないから、買い占めはやめてよ。」
ビリーは毛針の入って箱を引っ込めます。
「なんだよ、客が買いたいって言ってるんだから、売るのが商売だろ!」
ジェスは耳を後ろに寝かしてうなり声を上げます。
それを見ていた金物屋のトマソンさんが止めに入りました。
「ジェス、どうしたんだい?いつもの君らしくないんじゃないかね?」
「そうだよ、ジェス。ビリーが困ってるじゃないか!」
シンプソンおばさんも声を上げました。
ジェスはきまりが悪そうです。
「なにかあったのかい?」
ビリーが聞くとジェスがわけを話し始めました。
「さっき、ピーターと市場の入り口で会ったんだ。」
「やあ、ジェス」
ピーターは赤い毛並みのキツネです。
「やあ、ピーター、こんなところで何をしてるんだい?」
ピーターは釣り竿を下げていました。川や池に行くのなら分かる格好なんですが、市場に来るには変な格好です。それでジェスが訪ねたのでした。
「いやね、今日の朝にね、80匹も大きなマスを釣ったんだけど、あんまりたくさん釣れたんで、僕一人では食べられない。それで市場へ売りに来たんだけど、ちょっと目を離したすきに、みんな逃げ出しちゃったみたいなんだ。きみ、僕の釣ったマスを見なかったかい?」
ジェスは目を丸くしました。
「この季節に80匹のマスが釣れるわけないじゃない。」
ジェスもこの辺りでは有名な釣り名人でしたから、
「どんなにがんばっても、20匹以上のマスが釣れるなんてことないさ。」 と言いました。
「それが釣れたものは釣れたんだよ。でもどうやらみんな逃げていってしまったようだ。」
ピーターは残念そうに言うのでした。
納得できないのはジェスの方です。
「そんなバカな話があるもんか!80匹もいたマスが、こんな市場の真ん中で逃げてなんか行くもんかい!」
ピーターの目がきらりと光ります。
「じゃあ、ジェスは僕が嘘をついてるというの?」
ジェスはそこまで言われて少しあわてましたが、ハッキリと言いました。
「僕をからかっているんだろう?」
「からかってなんかいないよ。本当に釣れたんだ。じゃあ、明日、僕とマス釣りの競争をしよう。僕がまた80匹釣ったら信じてくれるだろう?」
「ああ、良いよ。朝からクネクネ川でマス釣り競争だ!」
クネクネ川はビリーの家の裏を山から麓へと下る綺麗な川です。
ビリーは言いました。
「今の季節に80匹もマスを釣るなんて、僕も無理だと思うよ。」
今の季節の寒い朝などはビリーの家の前にいるマスの姉妹たちも食欲がありません。
「でも、もし本当にピーターがたくさんのマスを釣ったら、負けちゃうじゃないか。だからビリーの毛針がたくさんいるんだよ。」
ビリーは考え込みました。
「そりゃ、そういうことなら売っても良いけどさ・・・。」
ピーターがビリーのお店に毛針を買いに来たことがないのでまぁ良いかとも思いました。
ジェスはビリーの毛針を全て買っていきました。
「やれやれ、今日はもう店じまいだよ。」
ビリーは敷物をたたみ、赤いリュックにしまい込みました。
そこへ声が掛かりました。
「やあ、ビリー、毛針を売ってくれないか?」
それはキツネのピーターでした。
「ピ、ピーター。」
ビリーはちょっとびっくりしました。
「どうしたんだい?」
ピーターはニヤニヤと笑いながら言いました。
「ごめん、今日はもう売り切れちゃって、店じまいなんだよ。」
「ええ?そうなのかい?困ったなぁ・・・どうしても毛針がいるんだよ。」
ピーターは相変わらずのニヤニヤ笑いをしながら言いました。
ビリーはなぜか、ピーターが全然困っているようには感じませんでした。
「明日じゃダメかい?」
ビリーはピーターが毛針を欲しがっている理由を知っているので、声が少し小さくなりました。
「明日朝から釣りに行くんだよ。ジェスとね。でも仕方がない。おじゃまさま。」
ピーターはあっさりと帰っていきました。
それを見ていたシンプソンおばさんがビリーに言いました。
「きっと何かたくらんでるよ。」
ピーターはずるがしこいキツネで有名なのでした。
ビリーはちょっと気になりながらも、自分の買い物をして家に帰ることにしました。
「ビリーこれを持ってお行き。」
シンプソンさんがリンゴを2つピーターに持たせてくれました。
「ありがとう。じゃあ、また明日。さようなら。」
赤いリュックサックを背負うと少し気分が楽になりました。
今日の夕食のメニューはクリームシチュー。お向かいのトーマスさんのお店でミルクを買って、ハリネズミのアンディさんの八百屋でジャガイモとニンジンとタマネギを買って帰ります。 続きを読む
2008年11月15日
白黒猫-序章-
これからするお話はとても遠くにあるそしてこの世界とは違う世界のお話です。
お好みの飲み物を用意したら、さあ出発しましょうか。

山の中腹に一軒の家が建っています。
家は木と石と土で出来ていて、ドアのノブが金ぴかに輝いていました。
家の前には小さな池があり、3匹のマスが気持ちよさそうに泳いでいました。
家の後ろには大きな木が1本と中くらいの木が1本と小さな木が1本生えていました。
風が吹くと3本の高さの違う木がそれぞれにザワザワ、サワサワ、サラサラと歌声を上げるのでした。
この辺りは気候が穏やかで、夏は暑くなりすぎず、冬は山の上の方にはスキーが出来るくらいの雪は降ったけれども、風邪をひくほどは寒くはなりませんでした。
春になると、たくさんの花がさいて、家の周りはちょっとした花畑のようになりました。
今はまだ春にはまだ早くて冬が終わるくらいの時期で、太陽は少し西に傾き、お昼と言うには少し遅くて、夕方にはまだ早い時間でした。
山の麓から続く道を家のあるじが帰ってきました。
それは、立派なヒゲに金色の目、ピンと立った耳は三角で、よく手入れされた毛皮は真っ黒にツヤツヤとしていて、お腹だけが雪のように白い毛皮の白黒猫でした。
白黒猫は町の市場へ買い物に行った帰りです。
まだ春になっていない季節は気がつくとすぐにお日様が山陰に沈んでお月様が顔を出します。
白黒猫は寒いのが苦手なので、早めに家に帰ることにしたのでした。
「思ったより早く着いちゃったな。」
白黒猫は背負っていた赤いリュックサックを揺すりながら、なだらかな山道を家の前に到着しました。
池をのぞくと3匹のマスに言いました。
「ただいま。今晩のおかずは誰に決まったのかな?」
するとマスの姉妹はこう言いました。
「ずっと話し合ってるんだけど、それが決まらないのよ。明日の朝までには決まると思うわ」
「そう。じゃ、明日の朝食のおかずは誰か、決めておいてくれよ。」
そう言うと金ぴかのドアノブを回して家に入りました。
家にはいるとすぐ右側が台所、左の奥に気持ちよさそうなベットがあって、ベットの上には窓があります。右側の奥にストーブがあります。
白黒猫はキッチンのすぐ横にあるテーブルにリュックサックをよいしょっと置くと、ストーブに火をつけに行きました。
ストーブは薪ストーブで、黒い鉄で出来ていました。
白黒猫はストーブの隣に積んである薪の中から、細い枝を5本と中くらいの薪を3本と太い薪を2本選び出し、ストーブのふたを開けると、細いのを5本、その上に中くらいのを3本、最後に太いのを2本積み上げました。
それから薪のまた隣に置いてあるバスケットから、栗のイガを取り出して柔らかい肉球を傷つけないように気をつけながら細い薪の間に挟みました。
それから、マッチを取り出すと、シュッと火をつけ、その火を栗のイガに移します。
栗のイガはすぐにパチパチと音を立てて燃えながら細い枝に火を移します。
細い枝に移った火は、今度は中くらいの薪に移り、最後は太い薪に火が移って、全体が燃え始めるのです。
白黒猫は中くらいの薪に火がついたのを見てから、ストーブの鉄の扉を閉めて、空気穴を調節して火がよく燃えるようにしてから、やっとテーブルのところに戻りました。
白黒猫は赤いリュックサックからリンゴを3つ、小麦粉を一袋、バターを1箱、チーズを1個、卵を5個、最後にミルクを1本取り出しました。
キッチンの隣にある棚に、買ってきたリンゴやらバターを片づけると、夕飯の支度に取りかかりました。
今日のメニューは最初からアップルパイと決まっていたのです。
明日の朝はホットケーキ。
白黒猫は魚が食べられないのでした。
「マスの姉妹は僕が魚を食べられないのを知ってるんだろうか?」
そう思うと、白黒猫はクスクスと笑いながら小麦粉を練るのでした。
パイ皿にすっかりアップルパイの準備を整える頃には、薪ストーブがほどよく熱くなっていたので、パイ皿をセットして、後は焼けるのを待つばかり。
白黒猫は窓から夕焼けを見ながらベットに横になるのでした。
お月様が顔を出す前にアップルパイは焼き上がり、白黒猫はあんまり熱いのが食べられないので、お月様が出るまでアップルパイが冷めるのを待ちました。
辺りが暗くなると、白黒猫はランプを取りだし、明かりをともします。
ほどよく冷めたアップルパイを半分と少し食べたところで、白黒猫はお腹一杯になりました。
「残りはチーズと一緒に明日の昼食にしよう」
白黒猫は残りのアップルパイを紙で丁寧に包むと、棚にしまい込みました。
さて、これからが白黒猫のお仕事の時間です。
道具をテーブルの下からひと揃い出してきます。
それはきれいな鳥の羽や鹿の毛やキラキラと光る細い糸でした。
その他に釣り針がたくさん。
白黒猫のお仕事はマスを釣るための毛針を作ることでした。
毛針は虫の形をした釣り針のことで、マスが虫と間違えて食べに来るのです。
白黒猫は釣り針をカチッと動かなく鋏にはさむと、色とりどりの羽や糸でまるで生きている虫のように毛針を作っていきます。
白黒猫の作る毛針はよく釣れると、町の釣り人たちに大人気でしたから、15本も毛針を作ると、その日のご飯代くらいにはなったものです。
白黒猫は30本の形の違う毛針を作ると、紙の箱に並べます。
紙の箱は小さな部屋に区切られていて、毛針1本に1つの部屋と30個の部屋にそれぞれが収まりました。
「さて、今日のお仕事は終わり。もう寝よう。」
白黒猫は、辺りをきれいに片づけ、ストーブに太い薪を1本入れると、ランプの明かりを小さくして、ベットに潜り込みました。
山から少し冷たい風が吹いてきて、3本の木をザワザワ、サワサワ、サラサラとならしましたが、フワフワの暖かい布団にくるまれた白黒猫は気持ちよく夢の世界へと入っていきました。 続きを読む
お好みの飲み物を用意したら、さあ出発しましょうか。

山の中腹に一軒の家が建っています。
家は木と石と土で出来ていて、ドアのノブが金ぴかに輝いていました。
家の前には小さな池があり、3匹のマスが気持ちよさそうに泳いでいました。
家の後ろには大きな木が1本と中くらいの木が1本と小さな木が1本生えていました。
風が吹くと3本の高さの違う木がそれぞれにザワザワ、サワサワ、サラサラと歌声を上げるのでした。
この辺りは気候が穏やかで、夏は暑くなりすぎず、冬は山の上の方にはスキーが出来るくらいの雪は降ったけれども、風邪をひくほどは寒くはなりませんでした。
春になると、たくさんの花がさいて、家の周りはちょっとした花畑のようになりました。
今はまだ春にはまだ早くて冬が終わるくらいの時期で、太陽は少し西に傾き、お昼と言うには少し遅くて、夕方にはまだ早い時間でした。
山の麓から続く道を家のあるじが帰ってきました。
それは、立派なヒゲに金色の目、ピンと立った耳は三角で、よく手入れされた毛皮は真っ黒にツヤツヤとしていて、お腹だけが雪のように白い毛皮の白黒猫でした。
白黒猫は町の市場へ買い物に行った帰りです。
まだ春になっていない季節は気がつくとすぐにお日様が山陰に沈んでお月様が顔を出します。
白黒猫は寒いのが苦手なので、早めに家に帰ることにしたのでした。
「思ったより早く着いちゃったな。」
白黒猫は背負っていた赤いリュックサックを揺すりながら、なだらかな山道を家の前に到着しました。
池をのぞくと3匹のマスに言いました。
「ただいま。今晩のおかずは誰に決まったのかな?」
するとマスの姉妹はこう言いました。
「ずっと話し合ってるんだけど、それが決まらないのよ。明日の朝までには決まると思うわ」
「そう。じゃ、明日の朝食のおかずは誰か、決めておいてくれよ。」
そう言うと金ぴかのドアノブを回して家に入りました。
家にはいるとすぐ右側が台所、左の奥に気持ちよさそうなベットがあって、ベットの上には窓があります。右側の奥にストーブがあります。
白黒猫はキッチンのすぐ横にあるテーブルにリュックサックをよいしょっと置くと、ストーブに火をつけに行きました。
ストーブは薪ストーブで、黒い鉄で出来ていました。
白黒猫はストーブの隣に積んである薪の中から、細い枝を5本と中くらいの薪を3本と太い薪を2本選び出し、ストーブのふたを開けると、細いのを5本、その上に中くらいのを3本、最後に太いのを2本積み上げました。
それから薪のまた隣に置いてあるバスケットから、栗のイガを取り出して柔らかい肉球を傷つけないように気をつけながら細い薪の間に挟みました。
それから、マッチを取り出すと、シュッと火をつけ、その火を栗のイガに移します。
栗のイガはすぐにパチパチと音を立てて燃えながら細い枝に火を移します。
細い枝に移った火は、今度は中くらいの薪に移り、最後は太い薪に火が移って、全体が燃え始めるのです。
白黒猫は中くらいの薪に火がついたのを見てから、ストーブの鉄の扉を閉めて、空気穴を調節して火がよく燃えるようにしてから、やっとテーブルのところに戻りました。
白黒猫は赤いリュックサックからリンゴを3つ、小麦粉を一袋、バターを1箱、チーズを1個、卵を5個、最後にミルクを1本取り出しました。
キッチンの隣にある棚に、買ってきたリンゴやらバターを片づけると、夕飯の支度に取りかかりました。
今日のメニューは最初からアップルパイと決まっていたのです。
明日の朝はホットケーキ。
白黒猫は魚が食べられないのでした。
「マスの姉妹は僕が魚を食べられないのを知ってるんだろうか?」
そう思うと、白黒猫はクスクスと笑いながら小麦粉を練るのでした。
パイ皿にすっかりアップルパイの準備を整える頃には、薪ストーブがほどよく熱くなっていたので、パイ皿をセットして、後は焼けるのを待つばかり。
白黒猫は窓から夕焼けを見ながらベットに横になるのでした。
お月様が顔を出す前にアップルパイは焼き上がり、白黒猫はあんまり熱いのが食べられないので、お月様が出るまでアップルパイが冷めるのを待ちました。
辺りが暗くなると、白黒猫はランプを取りだし、明かりをともします。
ほどよく冷めたアップルパイを半分と少し食べたところで、白黒猫はお腹一杯になりました。
「残りはチーズと一緒に明日の昼食にしよう」
白黒猫は残りのアップルパイを紙で丁寧に包むと、棚にしまい込みました。
さて、これからが白黒猫のお仕事の時間です。
道具をテーブルの下からひと揃い出してきます。
それはきれいな鳥の羽や鹿の毛やキラキラと光る細い糸でした。
その他に釣り針がたくさん。
白黒猫のお仕事はマスを釣るための毛針を作ることでした。
毛針は虫の形をした釣り針のことで、マスが虫と間違えて食べに来るのです。
白黒猫は釣り針をカチッと動かなく鋏にはさむと、色とりどりの羽や糸でまるで生きている虫のように毛針を作っていきます。
白黒猫の作る毛針はよく釣れると、町の釣り人たちに大人気でしたから、15本も毛針を作ると、その日のご飯代くらいにはなったものです。
白黒猫は30本の形の違う毛針を作ると、紙の箱に並べます。
紙の箱は小さな部屋に区切られていて、毛針1本に1つの部屋と30個の部屋にそれぞれが収まりました。
「さて、今日のお仕事は終わり。もう寝よう。」
白黒猫は、辺りをきれいに片づけ、ストーブに太い薪を1本入れると、ランプの明かりを小さくして、ベットに潜り込みました。
山から少し冷たい風が吹いてきて、3本の木をザワザワ、サワサワ、サラサラとならしましたが、フワフワの暖かい布団にくるまれた白黒猫は気持ちよく夢の世界へと入っていきました。 続きを読む