2010年05月29日
2009年01月10日
白黒猫 -みずがめ市場の春-

ホーリー郡に春がやってきました。
ビリーには待ちに待った春の訪れです。小屋の前の小さな池に住む3匹のマスの姉妹たちも元気になってきました。
ビリーは早速毛針をたくさん作るとマスの姉妹に食べたい針を探して貰い、みずがめ市場へ向かいます。
「やあ、ビリー。暖かくなってきたね。」
金物屋のトマソンさんは店の奥からパイプをくわえて言いました。
ビリーはトマソンさんの店先に毛針屋さんを開きます。
「うん。そろそろマス釣りもいい時期になってきたから、たくさん毛針を作ってきたよ。」
「そうかい、しっかりがんばりなよ。」
ビリーは軒先に絨毯を広げると右側に毛針の入った箱を、左にアクセサリーの入った箱を置いて真ん中に座りました。
冬の間に色々なアクセサリーを作りシンプソンおばさんに預けて売って貰っていたのが、たくさんのお客さんが着いたので、毛針と一緒に春からも売り続けることにしたのです。
早速お隣のシンプソンおばさんがやってきました。
「おはようビリー。」
胸にはビリーが作った水色に光る石が着いたネックレスをしています。白いふわふわの毛によく似合っていました。
「おはようございます。シンプソンさん。はいこれ。」
ビリーは赤いリュックサックから一つひとつ箱に入れたネックレスを3つ取り出すとシンプソンおばさんに渡しました。
今ではシンプソンおばさんを通じてビリーのアクセサリーを買ってくれるお客さんがたくさんに増えていました。値段はシンプソンおばさんが決めて売ってくれました。
シンプソンおばさんは、ビリーが少しびっくりするくらいの高い値段でアクセサリーを売ってくれました。その代わりお客さんの注文にあわせたものを特別に作るように約束をしました。
ビリーのお店ではもっと安いものを売っていましたが、若い女の子は安いものでも十分喜んで買っていきました。その理由は・・・。
「おはようビリー。」
エルザです。
エルザの胸にはシンプルで品のいいネックレスが揺れています。
「おはようございます。シンプソンさん。」
「おはようエルザ。今日も似合ってるねぇ。そのピンクの石はエルザにぴったりだよ。」
シンプソンおばさんは目を細めてエルザを見ました。
エルザ・ローザ・アンナはみずがめ市場の人気者。特に若い女の子たちのあこがれです。彼女たちが身につけているアクセサリーはあっという間に人気の商品になりました。
ビリーは別にそんなつもりで彼女たちにプレゼントしたのではないのだけれど。
と言うことで、この頃は毛針を売って稼ぐお金よりも、アクセサリーの方がたくさん売れて、不思議な気持ちのビリーでしたが、みんなが喜んでくれることが一番と。もう悩んだりはしませんでした。
「エルザ、仕事は?」
ビリーは言いました。
「うん。ちょっとお野菜が足らなくなりそうなので、シンプソンさんのお店に買いに来たの。」
「なんだ、そうか。」
そんなやりとりをシンプソンおばさんは言いました。
「ビリー、たくさん稼ぐんだよ。結婚するのには結構お金がいるからね。」
「シンプソンさん!」
ビリーは赤くなって言いましたが、エルザは黙ってうつむいただけでした。
お昼過ぎになり、ビリーがお昼のサンドイッチを食べているとエルザのお母さんのメアリーさんがやってきました。
「こんにちは、メアリーさん。今日は何か?」
「いや、別にアクセサリーを見に来たんじゃないんだよ。エルザのことなんだ。」
ビリーは食べていたサンドイッチを喉に詰まらせるくらいビックリしました。
「ビリー大丈夫かい?」
メアリーさんはビリーの背中を叩いてやりました。
「だ、大丈夫・・・。」
「そんなにビックリすることないじゃないか。」
メアリーさんは笑いながら言いました。
「突然エルザの名前が出たから・・・。みんなにも冷やかされっぱなしだし。」
メアリーさんが一息ついてから言いました。
「それはね、ビリー。あんたが煮え切らない態度を取っているからさ。まぁ、いいさね。ビリーの気持ちもわからない訳じゃないから。
でもね、ビリー。男の子は勇気を持って前へ進まなきゃならないこともあるんだよ。あたしが言いたかったのはそれだけさ。」
そう言って、メアリーさんは帰っていきました。
ビリーは少し考えてから、今日は早じまいにして家に帰ることにしました。
「おや、今日は早いね?」
シンプソンさんが帰り支度のビリーに言いました。
「ええ、ちょっと用事があって・・・。」
ビリーが答えると、シンプソンさんはゆっくり頷いて言いました。
「そうかい。がんばりな。」
「はい。」
ビリーは意味もわからず返事をして急いで家へ向かいました。
家に帰るとビリーは急いで指輪を作り始めました。
戸棚の中から材料を取り出します。その中に特別な石が入っていました。
少し前にジェスと釣りに行ったときに見つけた緑色に光る石。
ビリーはずっとこの特別な石は特別なときに使おうと思っていました。
一生懸命に指輪を作って気がついたときにはもう夜も更けていました。
「ああ、そう言えば牛乳もなにも買ってきてないや。」
ビリーは胸がどきどきして夕飯も、そして翌朝の朝食もたぶん食べられないだろうと思いながらベッドに入りましたがなかなか寝れませんでした。
そしていつの間にか朝になっていました。
ビリーはクネクネ川の水で顔を洗い、ひげをピンとなるように整えました。
そして、今日は仕事道具を持たずにいつもより朝早くにみずがめ市場へ向かいました。
みずがめ市場へ着くとなぜかいつも店の準備を始めているはずのお店が一軒も店を開けていません。
ビリーはそんなことにも気がつかないほど、胸のどきどきが大きくなっていました。
ただ一軒開いているのはスチュワートさんのお肉屋さんです。
「お、おはようございます。スチュワートさん。」
店先で仕込みをするでもなく椅子に腰掛けていたスチュワートさんにビリーは挨拶をしました。
「やあ、ビリーおはよう。どうしたんだい?こんな朝早くから。」
「あの・・・エルザはいますか?」
「ああ、いるよ。ちょっと待ってなさい。 エルザ、ビリーが来たよ。」
スチュワートさんは店の奥に向かって声をかけました。
少しざわざわと店の奥で騒ぎがあって、押し出されるようにしてエルザが店先に飛び出してきました。
「お、おはようビリー。ずいぶん早いのね・・・。」
すこしうつむき加減のエルザは両手をおなかの前でもじもじとあわせていました。
「エルザ・・・話があるんだけど・・・。」
「な、なぁに?」
「これを・・・」
ビリーは昨日作ったばかりのとびきりきれいな指輪をエルザに見せました。
「これを?」
エルザが聞き返します。
「これを受け取って・・・・僕と結婚してくれないか?」
ビリーは市場中に聞こえそうな大きな声で言いました。
「・・・ありがとうビリー・・・よろこんで。」
エルザの返事が終わった同時に市場中にワッと歓声が上がりました。
市場のみんなはこのビリーのプロポーズが今朝あるだろうとシンプソンさんから聞いて静かに見守っていたのでした。
市場中のお店の扉が開いてみんなが飛び出してきました。
「み、みんな!どうして?」
ジェスがビリーの隣に来て言いました。
「何言ってんだいビリー。みんなビリーがいつまでたってもエルザにプロポーズしないんで、やきもきしていたのさ。」
「そうだよビリー。」
スチュワートさんがメアリーさんと一緒にビリーの後ろに立っていました。
「スチュワートさん」
「ああ、ビリー。うちの娘のことをよろしくたのむよ。」
「は、はいっ!」
エルザは他の姉妹に花束をもらってうれし涙で頬を濡らしていました。
ビリーはそんな姿を見て、さらにエルザが好きになりました。
「やあ、ビリーおめでとう。」
「トマソンさん。ありがとう。」
パイプを持ったアリクイのトマソンさんがにこにこしながらビリーの肩を叩きました。
「さあ、これから色々大変だぞ。頑張らないとな。」
「はい。」
そう答えたものの、ビリーには何が大変なのか見当が付きませんでした。
みずがめ市場に春が来ました。
ビリーとエルザにも待ちに待った春が来ました。
暖かい日差しが町中を照らしていました。
おめでとう。おめでとう。
あちこちで、お祝いの声が聞こえます。
「さあパーティーの準備だ!」
誰かが叫ぶと、ワッと歓声が上がりました。
市場の広場はそのままビリーとエルザのウェディングパーティーの会場になりました。
ジェスも既に用意してあったのか、広場の真ん中にテーブルを並べて即席のバーコーナーを設えています。
「さあ、みなん飲んでくれよ!お代はビリーとエルザへのご祝儀だ!」
どこからか音楽まで流れ始め、あちこちではダンスをする輪が出来ていたり、もうお祭り騒ぎです。
ビリーは沢山の人たちからお祝いのお酒を飲まされて真っ赤になって
「ありがとう」とばかり言っています。
エルザの周りには沢山の女の子が集まり、お花を手渡していました。
ホーリー郡のみずがめ市場はいつもの春よりも、ずっと暖かい風が吹き抜けたような気がしました。

「あれ?ここはどこ?」
ビリーが目を覚ましました。
「やっと王子様のお目覚めかね?」
そう言ったのはトマソンさんでした。
場所はジェスのレストランバーです。
「ビリーったら沢山お酒を飲まされてすぐに酔っぱらっちゃったんだから」
隣にはエルザがいました。
ジェスのお店には広場に出していたテーブルも戻ってきて、いつもと変わらない様子になっていました。
そして、いつもの人たち。
茶色い犬のジェス
ツキノワグマのランディーさん
オオアリクイのトマソンさん
キツネのピーター
うさぎのシンプソンさん
そして
隣には奥さんになったエルザがいました。
「みんな・・・ありがとう。これからも・・・」
ビリーはそれだけ言うと言葉が出なくなってしまいました。
さて、白黒猫のビリー達のお話はこれでひとまずおしまいです。
ビリーはエルザと仲良く暮らしていくでしょうし
ジェスは釣りを楽しみつつレストランでお酒や美味しい料理を作り続けることでしょう。
ホーリー郡はこれからも相変わらずでしょう。
また機会がありましたら、彼らの日常を覗いてみたいと思います。
2009年01月03日
白黒猫 -冬のお買い物-

本当に寒い日が続いたホーリー郡のカラス岳ではスキーが楽しめます。
ビリーの家があるカラス岳の低い場所では雪は積もっていませんが、少し上に行くともうすっかり雪で真っ白。
子供たちはスキーの板を担いでビリーの家の前を通り、上の方まで歩いていきます。
子供たちはビリーに温かいミルクやお菓子をもらったりするのが楽しみで、スキーの帰りにはきまってビリーの家に遊びに来るのでした。
ある朝のこと、ビリーはふかふかで暖かいコートを着て、いつもの赤いリュックサックを背負うと、みずがめ市場までお買い物に出かけることにしました。
このところ寒さのせいで家に閉じこもることが多かったビリーですが、子供たちが楽しみにしているミルクやお菓子が少なくなってきたからです。
今日のビリーは、トマソンさんの金物屋さん、シンプソンさんの果物屋さん、トーマスさんの牛乳屋さん、スチュワートさんのお肉屋さん、ワットさんのお菓子屋さん、マーカスさんのパン屋さん、そしてジェスのバーによってから、家に帰る予定です。
夕方には子供たちがスキーから帰るまでには全部回らないといけません。
「うわぁ、寒いなぁ・・・。」
ピューっという音を立てながら冷たい風がビリーの耳元を通りすぎます。
ビリーは小さくなりながら市場へと急ぐのでした。
「やあ、ビリー。寒いね。」
金物屋のトマソンさんはお店の奥の方でパイプたばこを吹かしていました。
「本当に。」
「それで、今日はどうしたんだい?」
「ランプの油が切れそうなので、買いに来ました。」
「そうかい。ビリーのうちはそんなに大きくないから、小さい瓶のでかまわないね?はい。どうぞ。」
トマソンさんはランプの置いてある棚の奥の方から茶色い小瓶を出して、ビリーに渡してくれました。
「ありがとう。」
「この頃はどうしていたんだね?」
「家で色々と売れそうなものを作ったりしてますよ。」
「そうか、また顔を見せに来てくれよ。」
ビリーはお礼を言うとトマソンさんの店を出ました。
次はお隣のシンプソンさんのお店です。
「こんにちは」
「ビリー!このところ顔を見ないからどうしてるのかと思ったよ。」
「うん。家でこんな感じの飾りや小物を作ってたんだ。毛針が売れない時期にはこれを売ろうかと思って。」
ビリーは赤いリュックサックからキラキラと光るネックレスを取り出して見せました。
「おや、きれいだねぇ。」
シンプソンさんはネックレスを手に取ると、真っ白なふわふわの毛で覆われた胸に当ててみました。
「いいねぇ。それでビリー、どこに売るかはもう決めてるのかい?」
「ううん。まだなんだ。今日も10本くらい持ってきたんだけど。」
「それなら、私が預かって、友達に紹介してあげるよ。」
世話好きで噂好きのシンプソンおばさんはたくさんの友達がいるのでした。
「ほんとう?ありがとう。じゃこれお願いするね。」
ビリーは3本残して6本のネックレスをシンプソンさんに渡しました。
「その3本は肉屋の看板娘たちにだね?」
シンプソンおばさんはにっこり笑いながら言いました。
「うん。」
ビリーは赤くなりました。
ビリーはシンプソンおばさんのお店でリンゴを3つかうと、向かいのトーマスさんのお店に向かいました。
「こんにちは。」
「やあ、ビリー。元気だったかい?」
山羊のトーマスじいさんはゆっくりと言いました。
「うん。今日はチーズとミルクを買いに来ました。」
「おやおや、ありがとう。チーズは何がいいのかな? ブルーチーズがおすすめだよ。」
「それじゃ、ブルーとカマンベール、ゴーダ、モッツァレラを1つずつ。それと、ミルクを1ダース配達してもらいたいんだけど。」
「はいよ。おやすいご用さ。おーい、ジョン。ビリーの家にミルク1ダースとチーズの、配達に行っとくれ。」
トーマスさんはお店の裏手に声をかけました。
「はいよ。ビリーいらっしゃい。一緒に乗っていくかい?」
まだ年の若い山羊のジョンがひょいと顔を出しました。
「ううん。まだ寄るところがあるから。ありがとう。」
ビリーはお礼を言うと、今度はスチュワートさんのお肉屋さんへ向かいました。
「やあ、ビリーしばらくだね。」
「こんにちは、スチュワートさん。今日はコロッケをかいにきました。」
「いつもありがとう。エルザ、ビリーが来たよ。」
お店の奥が少しにぎやかになって、すぐにエルザが顔を出しました。
「ビリーくん。」
『ビリーくん。』
一瞬遅れて、ローザとアンナが顔を出しました。
「おいおい、みんな来ちゃ、仕事が止まっちゃうだろ。」
スチュワートさんは苦笑い。
「スチュワートさんごめんなさい。これはエルザ、これはローザ、これはアンナ。」
ビリーはリュックサックからネックレスを取り出すとそれぞれに渡しました。
「うわぁ、すてきね。」
「きれいね。」
「かわいいわ」
スチュワートさんは感心しました。
「これはビリーが作ったのかい?大したもんだなぁ。」
「うん。毛針の売れない季節にアクセサリーを作って売ろかと思って。果物屋のシンプソンさんが友達に紹介してくれるって。」
「そうかい、それはよかったなビリー。シンプソンさんならたくさんの人に紹介してくれるだろう。」
「ビリーくん、ありがとう。」
『ありがとう。』
「おや、ビリー。あたしの分はないのかい?」
メアリーさんも顔を出して言いました。
「おいおい、メアリー。」
スチュワートさんはしょうがないなぁという顔で笑いました。
「ごめんなさい。メアリーさん。残りのネックレスは全部シンプソンさんにわたしちゃったんで・・・。」
「ビリー、冗談よ。」
メアリーさんは笑いました。
「ああ、そうだ、1つだけ作った指輪なら」
ビリーが指輪をわたそうとするとメアリーさんが言いました。
「それは、あげる相手が違うんじゃないのかい?」
「え?」
ビリーはエルザと目があって真っ赤になりました。
「あはは、やっぱりあたしが貰っとくよ。ありがとう。」
メアリーさんはそう言ってビリーから指輪を貰いました。
「さあビリー、コロッケが揚がったよ。あんまりからかわれないうちに持って行きな。お代はいいよ。」
スチュワートさんが木の皮でくるんだコロッケをビリーに渡してくれました。
「スチュワートさんありがとう。」
そういうとビリーは逃げるようにスチュワートさんのお肉屋さんを後にしました。
ビリーは急いで、ハリネズミのワットさんのお菓子屋さんでキャンディーとチョコレートを。
オナガザルのマーカスさんのパン屋さんでバゲットと食パンをかって、やっとの思いでジェスのバーにたどり着きました。
この頃ジェスのレストランバーはお昼過ぎにはカフェとしてお店を開け始めました。
なぜなら、今の季節、ジェスはマス釣りができないからです。
「よう、ビリー。どうしたんだい?疲れた顔して?」
テーブル席に座り込んだビリーを見ながらジェスは言いました。
「うん、いや、いろいろあってね。」
「いろいろあるよねぇ。」
突然後ろのテーブルから声が掛かってビリーはびっくり。
「ピーター!」
いつもピーターには驚かされるビリーでした。
ピーターはいつものにやにや笑いでコーヒーを飲んでいました。
ビリーはジェスの方を見ると、ジェスは肩をすくめただけで何も言いませんでした。
「さて、ビリー。やっぱりあれだね。エルザのことかね?」
ビリーはドキッとしてピーターを見た後またジェスを見ましたが、こちらに背中を向けています。どうやら後ろ向きで笑っているようです。
「・・・。」
ピーターはジェスに
「ごちそうさま」
というと、お店を出て行く前に振り返ると言いました。
「早くしたほうがいいよ。エルザは人気があるからね。」
そういうと今度は本当に出て行きました。ビリーはピーターの後ろ姿を見て顔は絶対にニヤニヤと笑っているに違いないと思いました。
「ビリー。何にする?」
やっとジェスが含み笑いを納めてビリーの注文を取りに来ました。
「紅茶を・・・」
そういって、手に提げた包みからコロッケを1つ、ジェスに渡しました。
「ありがとう。なるほど、そうか。」
ジェスはコロッケをかじりながら言いました。
「ピーターはビリーの持ってるコロッケの包みを見てエルザのことだと思ったんだね。」
ビリーもコロッケを食べながらうなずきました。
「そうに違いない。でも別にいいじゃないか。放っといてくれてもさ。」
少しご機嫌が斜めのビリーです。
ジェスは残りのコロッケを口に放り込むと言いました。
「まぁ、そんなにむくれてないで。ピーターもあれでビリーたちのことを気にしてるのさ」
そして、ビリーのために紅茶を入れてくれました。
紅茶にミルクと砂糖を少し入れてかき混ぜていると、気持ちが少しずつ穏やかになってくるのをビリーは感じました。
「まだまだ暖かくならないねぇ・・・」
カウンターの中でジェスが釣り竿を振るまねをしながら言いました。
「うん。そうだね。」
ビリーとジェスの間に静かな時間が流れていきました。
お店の真ん中にある薪ストーブの上でケトルがゆっくり白い湯気をたてています。
奥の壁につられている柱時計が小さな音でコチコチと振り子を動かしています。
「そろそろ行くよ。子供たちにミルクを温めてあげないと。」
ゆっくりとした時間を楽しんだビリーが席を立ちました。
「そう。またおいでよ。」
ビリーはジェスに紅茶の代金を払うと荷物を背負いなおしました。
ドアを開けるとちらちらと雪が舞っています。
「ごちそうさま」
ビリーはぶるっと体を震わせて市場を抜けて家へと向かいました。
お昼と言うには少し遅くて、夕方にはまだ早い時間、ビリーはたくさんの荷物を背負ってカラス岳の家へとクネクネ川にそって坂道を上ります。
子供たちがスキーから帰ってくる前に温かいミルクを用意するために。
2008年12月24日
白黒猫 −みずがめ市場のクリスマス−

ホーリー郡に冬が来ました。
白黒猫のビリーにはちょっと苦手な季節です。
ビリーは寒いのが苦手です。でももっと違う意味でビリーは冬がすこし苦手なのです。
マスたちは秋のうちに沢山食べて少し太ったら、水の底の方でじっと動かないで春が来るまで大人しくしています。
ビリーの家の前にある小さな池のマスの姉妹も静かに眠っているようです。
そんな訳で、毛針は売れない季節になるのです。
一年中暖かくてマスがよく釣れたらなぁと、思っても季節は変わり毎年寒い冬がやってくるのです。
さて、町ではクリスマスの準備で大忙しで、ビリーは器用な手先でクリスマスの飾りを作っては売るのが冬の初めのお仕事です。
このお仕事は本当のところ、毎日の毛針屋さんよりも沢山のお金を貰えます。
ビリーは秋が終わるとすぐに、色とりどりの飾りを作りクリスマスまで毎日、トマソンさんの金物屋さんに売りに行きます。
トマソンさんはビリーの作ったクリスマスの飾りをお店に並べてお客さんに売ります。 みずがめ市場のどこのお店も、ビリーが作った飾りをお店に飾ることになるのです。
ビリーが作る飾りは手が込んでいて、材料も良いものを使っているので、大人気。
すぐに品切れになるほどでした。
でもビリーはやっぱり毛針を作って釣りを楽しむのが好きなのでした。
そんな話をトマソンさんに話すとトマソンさんは言いました。
「いいかい、ビリー。そりゃ自分が楽しい仕事はいいに決まってるさ。でも、みんなが喜んでくれる仕事があって、それで暮らしが出来るなら、本当はそれが一番良いことだと私は思うよ。」
ビリーは、毎年、クリスマス前にずっと働いて、クリスマスが終わったら、ジェスのお店を手伝ったり、シンプソンさんの果物屋さんを手伝ったりして過ごします。お金は十分あるのですが、かといって、家でゴロゴロしているのはどうも気が進まなかったからです。
クリスマスの日には毎年ジェスのバーでパーティーです。今年も盛大に盛り上がることでしょう。
そして今日はいよいよクリスマスの日です。
朝からビリーはクリスマスの飾りをトマソンさんに買ってもらい、すぐにジェスのバーへ行きました。お店はまだ閉まっているのですが、パーティーの準備のためにジェスと待ち合わせをしていたからです。
「やあ、ジェス。遅くなっちゃった。」
「いや、いつも手伝ってもらって悪いね。」
ジェスは椅子に乗り、ツリーの上の方に飾り付けをしていました。大きなツリーはビリーの作った飾りできれいに飾られていました。
ビリーはリュックから特別に大きな星の飾りを取り出しました。
「はい、ジェス、この星をツリーのてっぺんに飾ろうよ。」
ジェスは星飾りを受け取るとツリーの一番上に飾りました。
「うん、すごく良いよビリー。これは立派だ。」
椅子から降りるとジェスは満足げに腕を組んでうなずきました。
それから二人は壁に特別大きなリースを吊したり、とても一人では出来なかった飾りつけをしました。
「さあ、これで飾り付けが済んだぞ。ビリー、ありがとう。お腹すいたろう?お昼はなんかご馳走するよ。」
「ありがとう。そう言ってくれると思ってたよ。」
ビリーは笑顔でカウンターに座りました。
「夜はパーティーで豪華になるから、簡単なもので良いだろう?」
そう言うと、ジェスは鶏肉を細かく切ると刻んだタマネギと一緒に炒めて、塩コショウをふり、白ワインを入れました。煮たってアルコールが抜けるとご飯を入れて、ケチャップで味付けをしました。そして別のフライパンでオムレツを作り、お皿にケチャップライスを盛りつけるとその上にオムレツを乗せ、包丁で軽く切り目を入れました。するとオムレツはするりと二つに割れてとろとろの中身を外側にしてかわいいオムライスが出来上がりました。
「さあどうぞ。特製オムライスです。」
「美味しそうだね。いただきます。」
ビリーは熱いのが苦手でしたが、ハフハフ言いながら、すぐに食べてしまいました。
その様子をジェスは目を細めてうれしそうに見ていました。
「あー、美味しかった。」
「どう致しまして。それだけ美味しそうに食べてくれるとこっちがお礼を言いたいくらいだよ。」
ビリーは少しきょとんとしてから言いました。
「そうか、そうなんだ。」
「どうしたの?」
ジェスは何のことかわかりません。
「わかったよ、ジェス。これが本当の良いことなんだよ。」
ジェスには何がなんだか全然わかりませんでしたが、ビリーの目が輝いているのを見ると静かにうなずきました。
「なんだかわからないけど、ビリーがわかったんならそれでいいや」
「今日はお店の手伝いをさせてよ。みんなの楽しむ顔が見たいんだ。」
ビリーが言うとジェスも応えて言いました。
「ありがとう。そう言ってくれると思ってたよ。」
二人は笑いながらパーティーの準備に取りかかりました。

夕方、日が暮れるとみずがめ市場はクリスマスの飾り付けで一杯になりました。
「おとうさん、早く行こうよ!」
アンナとローザが先に行ったエルザを見ながらスチュワートさんの手を引っ張ります。
「もう、エルザったら先に行かなくってもねぇ?」
「そうよね。ねぇ?お父さん?」
アンナとローザが言うとスチュワートさんは笑いながら応えました。
「まぁ、良いじゃないか。おまえ達も今日はクリスマスなんだ、先に行って自分の一番座りたい席を取りに行っておいで。」
それを聞いた二人は目を丸くして
「そうだわ!急がなきゃ!!」
と、スチュワートさんを放り出してジェスのバーまで飛んでいきました。
「やれやれ。今日のビリーはゆっく座ってなんていないと思うがね。」
パイプの煙をぷかりと吐かしてそうつぶやきました。
「あら、どうしました?」
スチュワートさんの奥さんのメアリーさんがお店の戸締まりを終えてやってきました。
「ん?なんでもないよ。お?雪だね。夜には辺りが白くなるだろうね。」
そう言うとメアリーさんの手を取るとバーへと向かいました。
今日にぎやかなのはパーティーを開いているバーやサロンだけで、みずがめ市場の他のお店はきれいな飾り付けとは反対に静かに雪に降られていました。
「メリークリスマス!!」
ジェスのバーではみんなの笑顔がはじけていました。
ビリーとジェスは大忙し。座っている暇なんてありません。
スチュワート家の3姉妹はビリーが忙しくしているので、そろって少し不機嫌でしたが、すぐに機嫌を直してそれぞれにみんなと楽しげに話をしていました。
今日のお店はオーブンの熱が冷める暇なくお料理が運び出されます。
ジェスがお料理と飲み物を作り、ビリーがテーブルやカウンターに運びます。
「やあ、ビリー。今日はジェスの手伝いかい?」
ツキノワグマのランディーさんが声を掛けます。
「はい。みんなの笑顔が見たいから。」
「そうか。」
ランディーさんはクマらしくにっこり笑うとうなずきながら蜂蜜酒のグラスを傾けました。
トマソンさんは相変わらずいつものカウンターの席に座り、いつものマティーニを飲みながらオオアリクイらしい小さな目でにこやかにお隣のシンプソンさんと話をしています。ちょっと太ったウサギのシンプソンおばさんは普段はバーへは来ないので、初めのうちソワソワしていましたが、みんなの笑顔にすっかり楽しくなり
「なんて楽しいんだろうね!子供達も独り立ちしたし、今度から私も寄らせてもらうよ。」と言うほどです。
狐のピーターもいます。
「ビリー、この前ね。足が6本もある鶏を見つけたんだよ。ローストチキンにしたらさぞ食べ応えがあると思ったんだけどね。さすがに足が速くてね。逃げられちゃったよ。」
相変わらずほら話をしながらにやにや笑いでコニャックを飲んでいました。
「さあ、ビリー、これが最後のローストチキンだ。これを出したら、僕らもお店で楽しもう。」
ジェスが言うと、お店のお客からワッと歓声が上がりました。
テーブルの真ん中に置かれた今夜5つめのローストチキンはランディーさんの手で、5つの皿に切り分けられて、最初の2つがビリーとジェスに渡されました。
「お疲れ様二人とも、美味しい料理をありがとう。」
「ジェス、ビリーありがとう。」
「美味しかったよ。でもまだ終わらないよ。全員そろってお祝いをしよう。」
「やあ、ビリー、お疲れ様。ゆっくり飲んでよ。」
みんなが声を掛けてくれます。
ビリーはうれしくなって少し涙ぐみながら
「みんなありがとう」と言いました。
「ビリー、ありがとう。お疲れ様。」
そう言いながらビリーにキスをしたのはエルザでした。
お店の中はまたわぁっと言う歓声で一杯になりました。
「エルザ!」
「ほらビリー、上を見て。」
ビリーが上を見上げると、ジェスの釣り竿に吊した宿り木が、頭の上にぶら下がっていました。
その竿はピーターが差し出したものでした。
「クリスマスイブの日には、宿り木の下では好きな人にキスをしても良いことになってるのよ。知らなかった?」
「ピーター!?」
ビリーが言うとピーターはにやにや笑いをしながらウインクをしました。
アンナとローザはスチュワートさんの隣で声をそろえて。
「エルザずるーい!!」
お店はさらに盛り上がり、まだお酒を飲んでいないビリーが誰よりも真っ赤になりました。
2008年12月20日
白黒猫 -優しい季節-

暑い季節が一段落して、少し寒い日がやってくるとホーリー郡ではそろそろお米の収穫の季節になります。
びっくり湖から少し丘を上がった辺りには沢山の田んぼがあって、金色に輝く稲穂が頭を下にして涼しくなった風に揺られています。
ツキノワグマのランディーさんの田んぼでも稲刈りの時期になっていました。
一人で広い広い田んぼの稲を刈り取るのは大変なことなので、近くの田んぼを作っている5人のクマ仲間が集まって、今日はランディーさんの田んぼ、明日はヒルズさんの田んぼというように、順番に助け合いながら稲を刈ります。
刈った稲はお日様でよく乾燥させてから稲穂からお米の粒をはずして貯蔵します。
今日はランディーさんの田んぼの稲刈りの日です。
二束刈ったらわらで縛って、置いていきます。
置かれている稲穂の束は、お隣のブラウンさんが稲穂を干す竿にぶら下げていきます。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザクザクと稲を刈り取り、バサリと重ねて、シュッシュッと縛り、ドサっと置きます。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
ザク、ザク、バサリ、シュッシュッ、ドサ。
「ランディーさん、そろそろ休憩にしないかい?」
田んぼの反対側から同じように稲刈りをしていたマシューさんが声を掛けました。
「ふう、そうしますか。」
ランディーさんは一息つくと、背中を伸ばして腰をトントンと叩きました。
ランディーさんは自宅からコーヒーを入れたマグカップを5つ持ってくると、手伝ってくれている4人に手渡しました。
5人のクマは土手に並んで座りました。
「明日は誰のところだったかな?」
「たしか、ヒルズさんところだったんじゃないかな?」
「そうそう、うちが明日で、明後日がワトソンさんところでしたね。」
コーヒーを飲みながら一服して、空を見上げると、空が本当に高くなったとランディーさんは思いました。
魚が美味しい季節になると思い、ランディーさんはぺろりと舌で口の周りを舐めました。
「さあ、仕事を終わらせてしまいましょう。」
ブラウンさんが立ち上がって声を掛けると、みんなも立ち上がり、腰に手を当ててのばしたりしながら、仕事へと戻っていきました。
それから1時間ほどでランディーさんの田んぼはきれいに刈り取られ、竿には沢山の稲穂が吊されていました。
「今日はどうもお疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。」
日暮れ少し前に仕事が終わり、ランディーさんは一度家に戻ってから、みずがめ市場のジェスのバーへ出かけました。
ランディーさんが到着する頃には、みずがめ市場はもう夜の顔になっていました。
お昼に開けていたお店は閉店の準備をしています。そして、夕方から開店するレストランや、バー、サロンなどはこれからにぎやかになっていきます。
ジェスのお店に入ると、いつもの席にオオアリクイのトマソンさんが腰を掛けて、いつものマティーニを飲んでいました。
「やあ、ランディー。畑はどうだい?」
ランディーさんに気がつくと、トマソンさんはグラスを少し上げて挨拶をしながら言いました。
「まずまずなもんだよ。今日は刈り入れが済んで一段落と言ったところかな。」
トマソンさんの2つ隣に腰を下ろすとランディーさんは言いました。
二人はすごく大きかったので、隣の席では狭くて座れなかったのです。
「こんばんは、ランディーさん。今日は良い鮭が入りましたよ。バターソテーでいかがですか?」
ジェスが注文を取りに来ました。
「それは旨そうだな。それをもらおう。それと蜂蜜酒を出してくれるかな。」
「かしこまりました。飲み方はロックでよろしいですね?」
ジェスは奥に行くとお酒の瓶が沢山並んでいる中から、蜂蜜酒の瓶を抜き取ると、ロックグラスに注ぎ、丁寧に割った氷を入れるとバースプーンで5回ほど混ぜると、ランディーさんの前に置きました。
「どうぞ。蜂蜜酒のロックスタイルです。」
「ありがとう。うむ、良い香りだ。」
ランディーさんは甘い香りを楽しみながらチビリとグラスからお酒を飲みました。
「稲刈りは大変だったろう?」
「そうだなぁ、でもそれだけ稲穂が実ったってことだからうれしいよ。」
トマソンさんとランディーさんが話しているあいだにジェスはお店の奥で鮭のムニエルに取りかかっています。
鮭の切り身に塩コショウ、小麦粉を振りかけフライパンでバターソテーにします。
バターと小麦粉の良い香りがふわりとバーカウンターにいるランディーさんの鼻にまで届きます。
「ジェスの料理は舌だけでなく、鼻でも楽しませてくれるな。」
ランディーさんはうれしそうに言いました。
ソースはケチャップソースです。ケチャップにすり下ろしたニンニク、ウスターソース、少量の砂糖とお水を加えて、ソテーの終わったフライパンに入れて熱します。
何とも甘くて香ばしい香りが立ち上りたちまちソースが完成します。
お皿に鮭のバターソテー、付け合わせのたっぷりのクレソン、そして特製のソースを掛けたら出来上がり。
「お待たせしました、鮭のバターソテーケチャップソースです。」
ランディーさんの前に置かれたお皿からうっすらと湯気と食欲を誘う香りが立ち上っていました。
「これは旨そうだな。」
ランディーさんは舌なめずりをしながら、フォークとフイッシュナイフに手を伸ばしました。
「そう言えば、ビリーは来ていないかい?」
一口、鮭のムニエルを食べてからランディーさんは言いました。
「びっくり湖で大物用の毛針がまた少し欲しいんだが、昨日市場で通りかかったら、店を出していなかっただろ?」
「そうなんだ、一昨日から店を出していないから心配になってね。肉屋のエルザに聞いてみたんだ。知らなかったらしくて、ビリーの家まで飛んでいったよ。そしたらどうも風邪で寝込んでるんだそうで、肉屋の親父さんも心配してエルザを看病に行かせてるよ。」
トマソンさんが言いました。
「そうか、こりゃ畑でなにか体に良いものを見繕って持って行ってやらないといけないな。」
ランディさんは蜂蜜酒をすすりながら言いました。
「そうなんですか?それは大変ですねぇ。僕も何か作りに行ってやりますよ。」
ジェスがトマソンさんのマティーニのお代わりを作りながら言いました。
翌日、午前中にジェスが鶏肉のミンチとトマトを使ったリゾットとオレンジジュースを持ってビリーのお見舞いに行きました。
朝早くからエルザが看病に来ていて、ビリーの身の回りの世話をしていました。
「やあ、エルザ、ビリーの具合はどうだい?今は寝てるんだね?」
「うん、でも、ずいぶん良くなったのよ。昨日は熱が下がらなくて何も食べられなかったんだけど、今朝からはミルクを少しと柔らかいパンを少し食べれるようになったの」
「そう、これお見舞い。昼にでも食べてよ。」
「あら、ありがとう。ところでね、ジェス、なんでお見舞いに来るのに釣り竿持ってるの?」
「いや、まぁ、ほら、もののついでと言うことで・・・じゃ、ビリーによろしく。」
と、さっさと帰ってしまいました。
「エルザ、誰か来たのかい?」
扉の閉まる音で目を覚ましたビリーが声を掛けました。
「うん、ジェスがお料理を作って届けてくれたの。釣り竿持ってね。」
エルザは笑いながら言いました。
「そうか、みんなに気を遣ってもらって申し訳ないなぁ。」
「そうよ。そう思ったら早く治してね。」
二人はお昼にジェスが持ってきてくれたリゾットを食べて、エルザはお店の手伝いに返っていきました。
少し眠って、ずいぶんと調子が良くなったビリーは部屋を暖かくして、毛針を作り始めました。
これからの季節はびっくり湖での大物を狙う人が多くなるので、大きめの針を用意します。
10本ほど針を巻いて、一息ついたときにドアがノックされました。
気がつくともう夕方になろうとしていました。
「はぁい、どうぞ。」
「お邪魔するよ。ビリー、具合はどうかね?」
来てくれたのは、ランディーさんです。
「稲刈りの仕事が終わったんで、畑から色々持ってきてやったぞ」
「ありがとう、ランディーさん。お昼前にはジェスも来てくれて、ほんとに助かります。」
「うん、みんなビリーに早く治って欲しいんだよ。」
そう言うとランディーさんはにっこりと笑いました。
テーブルの上を見ると毛針が並んでいます。
「もう仕事をしても大丈夫なのかい?」
「ええ、ずいぶん楽になりました。熱も下がったみたいだし。」
そこへ、エルザがやってきました。
「こんにちはランディーさん。お見舞いに来てくれたの?」
「うむ、畑で取れた野菜を持ってきたんだ。なにか作ってやってくれ。それじゃ、ビリーお大事に。」
「あ、ランディーさんちょっと待ってください。今作ったばかりのだけど、この毛針、ジェスと二人で分けてください。」
そう言うと、作ったばかりの毛針を2つの箱に入れてランディーさんに手渡しました。
「ありがとう、遠慮なく頂いておくよ。それじゃ帰りにジェスのバーによって渡しておくとするよ。」
そう言うと薄暗くなる山道をランディーさんは帰っていきました。
「さて、何を作ってあげましょうか?あら、色々お野菜が入っているわね。ニンジン、タマネギ、カブラ、ジャガイモ、あらちょうど良いわ。」
エルザはミルクとバター、小麦粉を用意すると手際よく野菜たっぷりのクリームシチューを作りはじめました。
ビリーはその様子を見ながら毛針を作っています。
毛針が15本出来上がった頃にシチューも出来上がりました。
「いただきます。うん、美味しいよ。エルザありがとう。」
ずいぶんと元気が出てきたビリーはシチューをお代わりしました。
「明日はお店を開けないと。」
「がんばってね。それじゃ、わたしは帰るわね。」
「ありがとうエルザ、これスチュワートさんに。」
ビリーが差し出したのは箱に入れた作ったばかりの毛針が5本。
「お父さんに?ありがとうビリー、渡しておくわ。きっと喜ぶと思うわ。」
「ぼくにはこれくらいしかできないから。」
「そんなことないよ。ビリーはすごく優しいから、みんなはビリーから優しさをいつももらってるんだよ。じゃあ、もう帰るね。」
エルザは手を振ってもう暗くなった山道を帰って行きました。
みんなのおかげでずいぶんと元気になったビリーはまた毛針を作り始めました。
「明日からまた、がんばらなきゃ。」
ホーリー郡は季節の変わり目、突然寒くなったり、少し暖かかったり、風邪の引きやすい季節。みんなの優しさがうれしい季節。